嘯いたら春:

彼は過去に「半身」などと言ってみたりしたけれど、今振り返るとどうもその言葉は気に入らないのだった。彼の身体はこのとおりここに存在しているし、持って転生した力だって、双子として生まれたからといってその力を片割れに分け与えてしまったわけでもない。昔捨てた命の代償を、彼は確実に掴んで今世に現れた。
半身――双方の身がひとつになって漸く完全体になる欠陥。双方どちらとも、何かを欠いている。

彼は古い桜の大木の中にいた。太い枝に腰掛け幹に背を預け、満開の花々の中で、このまま末端から身体をほぐれさせて桜吹雪に紛れこんでしまうのも面白いと考えていた。自分はこよなくこの木を愛しているから、最終的には灰になるしかないこの身体だって、その思い一つで桜の美しい薄紅色も真似れる気がした。
彼は千年も昔の、この桜の姿を知っている。彼がこの世に三度生を受けた間にもこの桜は生き続け、片時も成長を止めることはなかった。数え切れない程の雨風に揉まれた幹は所々苔生し、古くなった表面の木肌は剥げかかり、複雑な凹凸が桜が生きた長い年月の凄まじさを物語っているようだ。それでいて、花をつける細い枝々は瑞々しい萌黄色をしていた。もう暫くしたら、一斉に葉が芽吹き始めるだろう。

彼は、今生で完全な存在になる。
彼はこの世の全てになる。この地球が、彼になる。
つまりは今世彼の双子の弟として生まれた葉も、彼と一つになるのだ。

―――――その葉を、何故か彼は、今日見に行ったのだった。
気付かれないように、巫力を可能な限り澄ませて、持ち霊の背から降りて民宿の屋根の上からそっと様子を窺ってみたら、葉は縁側に寝転ぶ許嫁の横にしゃがみ込んでいた。どうも、許嫁は昼寝を貪っているらしかった。
彼は、葉が微笑んでいるのを見た。入り込んできた思考は文章になっていなかった。言葉ですらなかったかもしれない。葉は許嫁―――アンナの髪を少しだけすくって満足気に目を細め、自分が付けていたヘッドフォンをはずして前髪をかきあげた。葉の性分から、このまま自分も昼寝を始めるのかと思いきや、アンナの横に腰かけたまま、ただ髪を春風になびかせているだけであった。
彼は、葉の思考を読みたかった。だが肝心のソレは、漠然とした甘い香りとなって、風に乗って彼のもとに届いたまでであった。
言えることはただ一つ。葉もまた、「半身」などではなく、一人の人間であった。

彼は、桜の蕾が好きだ。赤みを帯びた枝から生える蕾はその赤みをさらに鮮やかにし、その中に淡い春をため込んでいる。

彼のまわりには春が溢れていたのに、彼は言いようもない違和感に少しばかり不愉快になっていた。この感覚は簡単に忘れられるものではないだろうと彼は気づいていたが、その理由はきっと、後々自分となった桜が教えてくれるだろう。
桜の花は音もなく解けて、春風になった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
葉はほわほわ幸せに浸っていただけ。