栗と逆光:

誰それ構わず全てを見下して生きてきたら、途中で酸素が足りなくなって酷く疲れていた。自分は、何としても前へ、今まで己がそうして生きてきた表向きの理由をぶち壊してやるために強くなろうとした。文面だけを見ると、酷く、体裁が良い。しかし実際には手足が上手く動かなくて参った。それを、自分の力不足が故だと決めつけて改善に向かわそうとするのは簡単なことで、ただひたすらに身体をいじめた。馬孫は黙ってそれに付いてきてくれたし、姉さんは何も言わなかった。そのうち、五感が麻痺してしまった。

それがやつのいうムリをしたということだったのだろうと思えたのは、このイチョウが目を細めたくなる程まばゆい黄金色だったからか。それとも道端でつぶけていた銀杏がただならぬ臭いを発していたからか。今の自分は、すっかり五感を取り戻していた。
一度知った限界を振り返ることは、それを乗り越えた後も更に前進していくためには有効だ。葉を鍛えるための修行メニューの同伴に預かった際にそうその妻に言ったら、「とんだプラス思考ね、意外だわ」と、別段驚きもしない表情で返された。その視線の先では葉と俺のチームメイトが栗の殻剥きをしていた。細君は左手で自分の髪を持て遊んでいる。
「少なくとも、俺はそうなんだ。だから俺は忘れない」
「それを改めて口に出すのも、前進への一貫なの?」
「少しばかり、今は、…饒舌なんだ」
「本当に」
お互い、少し肩をすくめて視線を交わらせてみると、彼女の表情はへばった葉を呆れて眺めている時のそれと似ていて、どうしたわけか笑みを含んでいた。なんだ、俺も少なからずOKAMIに見守られていたのか。
「気候が良いからな」
喉の奥が擽ったくて、上手に喋れなかったかもしれない。

(おまっ、日陰でなにゆうちょにやってんだ手伝えー!!!)

よく通るチームメイトの叫び声が、何故か妙に秋空に映えていた、ような、余程俺の気分が良いんだ。

「ほら、あんたもさっさと栗剥いちゃいなさい、幹久が釣ってくる予定の魚とご飯の炊き上がりを合わせたいのよ」
「あのオヤジそんなこと言ってたのか、今晩は刺身か」
「そうよ、だから」

―――――――れーんー!!

縁側に友人の細君を残して、俺は日の当たる庭へ。新聞紙に乗っかった栗さえ眩しくて、日陰から見えた光がむやみやたらにフラッシュバックした。
ボウルに入れられた栗は随分形が崩れていたので思わず眉を潜めると、ホロホロの方がはるかに崩れた顔をしていた。横で葉が相変わらずへらりと笑う。
「面白かったぞ、お前らいっつもムスッとしてっから」
「どういうことだ」
「んーにゃ、今日の蓮とアンナは良く喋んのなーってこと」
「うへへ、妬いてんのか?」
「違ェよ」
「頭が悪い切り返ししか出来んのか貴様は」
「んだこらトンガリ!!」
ホロホロの顔は見ないことにした。こいつの声が秋空に映える、だなんて思ったこの心を撤回したくなかったので。
一個目の栗は、丸々と綺麗にわれた。
「良くわかったな、今晩は豪華らしいからな」
そう言いながら横の男を見ると、びっくりしたような顔をしてだらしなく口を開けていた。
「なんだ」
「―――――いーや…」
パキッ
「―――――――今、妬けた」
コロン



「なーんだそりゃ、葉も、お前も」
ズボンを払って縁側をのり上がって中に入ってしまった葉の後釜には、リゼルグがやって来た。
「僕、栗の殻を剥くのって初めてだよ」
巧くホロホロをスルーしたリゼルグの会話に乗って、その話題は打ち切りにしておいた。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
葉は蓮とアンナが普通の会話をしていたことに妬いたんですよ。